真っ暗闇の夜の東京
うえ見て暮らすなした見て暮らせ

節電の名の元の灯火管制発動当初は意外と楽しんだ。

街の様子が違って見え、暗い東京の夜もなかなか風情があるもんだと感じつつ、地方都市にドライブに出かけたような錯覚も楽しんでました。


が、ここにきて。。。。


妙に疲れる。。。。


 今まではイルミネーションとしてだけ点灯させてたような代物の車のヘッドライト。
今ではその灯火だけが頼りとなってしまい、夜間走行でとにかく疲れる事に気がつきました。 ライトの光が届く路面先端付近の安全確認作業に忙殺され、周辺交通状況の確認までとなると相当疲れます。 「なんでこんなに疲れるんだ。下ばかり見てるからか?」

震災の衝撃から、切り替えつつある今となっては怒りを覚えつつあります。

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東北の人は辛抱強い。

忍耐強さは「美徳」だとかをテレビ報道が伝えてるが、本当にそう思う。

「大勢亡くなられた中、家族が無事なだけでも良かったです」

とか、

「家が流された方達を思うと申し訳ない とか。。。。

 どれも被害が自分より悪い方々を対象に発せられた優しさ溢れる言葉だ。 江戸幕府が円滑に国内を統治する為に庶民に教え込んだ「うえ見て暮らすな。した見て暮らせ」と言う遺伝子に組み込まれたキャッチコピーが 現在も機能しているのかもしれないが、どーしよーもない環境下で少しでもストレスなく生きる為の知恵だったのかもしれない。

どうであれ諸外国からは「忍耐強い日本人」と映るようで、我が国の民度を上げた事は間違いない。


しかし、それもそろそろ我慢も限界ではなかろうか?
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で、真っ暗闇の夜の東京

特に郊外へ向かう首都高速放射線が疲れます。

例えば
霞ヶ関から高井戸インター。

照明付だとあっと言う間なのに真っ暗だと倍の距離に感じてしまってます。
メーター料金は変わらないのに。。。。

単調な直線だけの所謂、高速道路とは違い、曲がりくねったエセ高速である首都高の照明がないとなるとまるで別路線です。 合流部には僅かな灯火はあるものの他の部位は皆無。

せめてカーブには欲しかった。

 今まではカーブに差し掛かっても先に連なって見える照明の灯火でカーブの半径やらを目視で容易に確認し、 カーブ進入前には見合う速度域まで無意識に減速できておりましたが今はそれが無理で前面に見える範囲だけで判断せざるを得ない出たとこ勝負状態に。
何度も通る首都高だからある程度は路面状況を記憶しているもののカーブ進入時には遠心力に負けないようにする為の細心の注意を払うので、 これら安全確認が疲れます。

せめて段階的に消灯させていった方がよくなかったか?

明るさに慣れた東京ドライバーには酷なような気がしてならないし、歩行者も自分が見えにくい存在だと言う事に気がついていないのかもしれない。。
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そして疲れる首都高は危ない。

先行車がなく、単独トップ状態だとライトの光が届かない先は正に真っ暗闇。何があるか分からない。 ハイビームを多用するも対向車がいるとそうはできない。

そんな中、首都高上で不思議な人身事故がおきてました。

なんと歩行者など居ないはずの首都高上で、人が跳ねられた。 数台に跳ねられたら痕跡があるらしいが、真実はこれまた闇の中。 今後の交通捜査能力次第か。。。

普通は首都高上を人が歩いてるとは思わない。
側壁に囲まれた真っ暗の首都高では突如ライトの光に人影が映し出されても車は突っ込むしかないのかもしれない。 照明代節約で経費の削減が、随分とできるだろうと推察するが、必要以上に照明を落としてないか?

また、節電と言う大義名分をかざし、安全性をも削りながらも利益追求してないか?

とにかく暗闇走行は疲れてしかたがない。
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そもそも原発事故に起因するが、全く立て直せる見込みがない中、今年の冬や来年の夏も電力供給不安を抱えてるのだろうか?

最近、発表が先の大戦の「大本営発表」に思えてきた。

つまり信じられない。
もともと大嘘つきの話なので信じる方がどうかしてるが、 素人でも疑問点が多々あるからだ。

例えば
放出した放射性物質の種類を3種類しか明らかにしないのは何故か?

半減期の短いものから選んでないか?

発表しない放射性物質の測定結果を発表しないのはなぜか?

反面、しょうもない成果を鬼の首を取ったように大きく報じる。 (例 汚染水の水位2センチ減少等。)


被害を伝えず、成果だけを大きく報じるそのスタイルは大本営発表そのものだ。
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全く先行きが見通せない中、印象深いお客様にご乗車頂いた。


「どちらまででしょう?」

お客様
「横浜の中山までなので第三京浜でお願いします。」


「かしこまりました。目黒通りで第三京浜目指しますがよろしいですか?」

お客様
「それでお願いします。以前は首都高霞ヶ関から東名青葉で高速利用のコースでしたが、少し節約させてください。」

と、丁重な方

第三京浜目指して真っ暗な目黒通りを走行中、

お客様
「すいませんね。面倒なコースで。。。」


「いえいえご利用頂けるだけでも有り難い限りですよ。」

お客様
「実は今日、全社員給料一律15パーセント減、賞与大幅カットを言い渡されまして参りました。子供育ててますし、 今日を最後にタクシー帰宅も当分なくなると思います。それにしてもいきなりとは酷いですよ。」

諸々と聞き役に徹しながら中山駅近郊着。

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東京に反転しながら考えた。



15パーセント減額と言えば、あの東京電力さんの減額率と同水準ではなかろうか。。。。
本当に酷い話だ…。。。でもオイラは既に30パー削減状態のような。。。

一律削減かぁ〜。

一体どのくらいの数の会社がそーなるのだろうか。。。。?

とか色々考えた。


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 被災地に限らず、大多数の国民が震災で苦しむ中、子供手当てや高校無償化などが機能するなら子育て世帯はまだ救われるが、 そのマニュフェストの目玉プランすらも現政権は復興の名の元、切り捨てようとしている。 さらに電気料値上げや消費税率引き上げ等、どさくさに紛れてなんでもありの様相になってきた。まぁ。。。 「辞めるのやめた」の政党だから「やるのをやめた」でも違和感ないが。。。(笑)

我々庶民側にも「復興財源の為なら仕方がない。」と言ったようなムードもあるが、どーなのか?

どーも庶民だけで肩代わりするような感がある。


今となっては紙クズ同然のマニュフェスト。

ぶん投げる絶好の好機を得たと思ってるのかもしれないが、その紙切れの片隅にあった確か
「公務員給料2割削減」

これだけは実行する絶好の機会ではなかろうか? やろうと思えば。

元々荒唐無稽なマニュフェストなだけに2割削減とまでは言わないが、 15パーセント削減された中山在住のお客様にせめてお付き合いする位はいーのではなかろうか?

それでは東電と同じ水準だからダメ?

では10パーは?
二年でも復興財源でますが。。。

せめて5パーは?

何パーにせよ、先ずは国会議院の先生さん方が自らお示し頂かないと始まらないか。。。。。

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 未曽有の国難に直面し、国会議員の方でせめてお一人でも「賃金50パーセント返納」とかを自ら宣言し、 苦境に陥ってる庶民と苦労を共に分かち合おうとしないのか?

まぁ、テレビ局が「節電に協力しよう」とか真顔で言ってる割に、どの局も「テレビを控えましょう」とは口が裂けても言わない事と同様か。。。。
(最近思うのですが、テレビは世間の鏡のような気がしてきた。)

 簡単にリーダーシップを発揮する絶好の機会なのに、それを生かさない政治センスには今更驚かないが、いくら人間が煩悩の塊とは言え、 潰れかかった会社のようなこの国の執行部だけ満額頂戴しようとする神経だけは理解できない。
江戸幕府が円滑に国内を統治する為に庶民に教え込んだ「うえ見て暮らすな。した見て暮らせ」の効果に甘んじる事なく、 自らも下を見て行動して頂きたいものですね。

2011.4.22


追記

街灯のない夜間は歩行者や自転車の発見が遅れます。お互い注意しましょう。

夜間の道路を歩く時は車から見えてませんので、目立つ服装で歩きましょう。

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